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大学で心理学を学びながらスポーツメンタルコーチを目指す学生。 シンプルが一番。難しくさせているのは自分。

宮沢賢治「告別」とスポーツを関連づけてみた

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先日行われていた全日本フィギュアスケート大会を観ていた。

ベテランの浅田真央選手の順位は12位に終わった。

 

 

その演技を観て、考えてみて

宮沢賢治のある詩の一説を思い出し

その一説とスポーツを関連づけた。

 

 

こんなこと私くらいしかやらないだろうなと思いながら書きます。

 

 

 

 

 結果は自信を生む。過去の栄光は見栄を生む。

 

 

浅田真央選手と聞くとソチオリンピックの完璧とも言われたフリー演技を思い出す。

ジャンプがすべて決まり、会場の観客まで味方につけた最高の演技。

 

しかしショートで調子を崩してしまっていたためフリーで得点を伸ばすも、1位には届かなかった。

 

フリー演技直後、浅田真央選手は思わず涙をこぼした。

 

感極まった涙が抑えられない。

 

そんなふうに見えた。

 

 

 

 

 

やはり比べてしまう。

全日本を観ていても

ソチオリンピックの時は最高だったよね。

と。

 

こういうのがよくないのは知ってる。

選手は過去の栄光にとらわれると目の前が見えなくなる。

結果は自信を与えるが、過去は見栄を生む。

 

 

「告別」

 

 

いい結果が出なくても彼女は競技を続ける。

それはフィギュアスケートが好きだから。に尽きるのかもしれない。

 

 

 

 

その時私は思い出した。

 

 

もしおまえが

それらの音の特性や立派な無数の順列をはっきり知って

自由にいつでも使えるならば

おまえは辛くてそしてかがやく天の仕事もするだろう。

 

(省略)

 

そのあとでおまえのいまのちからがにぶり

きれいな音の正しい調子とその明るさを失って

ふたたび回復できないならば

おれはおまえをもうみない 

 

宮沢賢治 告別 春と修羅

 

 

 

 

私自らの解釈を言うと

ここにでてくる「音」とは才能、努力の証を指し、

浅田真央選手ならばフィギュアスケートを当てはめる。

その特性、中身をはっきり知って使いこなす。それは大多数ができるものではない。

そして「天の仕事」とはオリンピック選手を指す。

アスリートにとってそれは夢の大舞台、世界中の多くの人々が刮目する。

 

その仕事を終えたあとで、

音(才能、努力の証)がそれ以上に発揮されず、滞って

本人がやめます。というような言葉があったなら、

私たち観客は

「まだ見ていたい」とか

「もっとやってよ」とか

言わずに快く見届けよう。

それが私たちにできる最高の別れ方かもしれない。

 

きっと本人も後ろ髪をひかれる思いで去ることになる。

その背中は絶対に振り返らない。

それは本人が決めたことだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなふうに私は宮沢賢治を読む。

 

まとめ

 

そしてもうひとつ書き残しておく。

 

なぜならおれは

すこしぐらいの仕事ができて

そいつに腰かけているような

そんな多数をいちばんいやにおもうのだ

 

宮沢賢治 告別 春と修羅

 

 

 

 

 

スポーツメンタルコーチ 泉圭織