読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
大学で心理学を学びながらスポーツメンタルコーチを目指す学生。 シンプルが一番。難しくさせているのは自分。

熱を帯びない試合はオチのない話と等しくおもしろくない

 

 

f:id:jb3baby1neversaynever4:20161224214034j:plain

 

今日初めて卓球の試合を生で観戦した。

 

卓球経験がない私は今日初めて

・1ゲーム11点先取

・5セットマッチ、3セットとれば勝ち

などの試合のルールだけでなく、試合前には

・軽くラリーをして体を慣らすこと

・先攻後攻はじゃんけん

・お互いのラケットの確認

といった卓球をしている人からして当たり前のことを私は今日初めて知った。

 

そして卓球の熱さを初めて目の当たりにし、

熱を帯びない試合はオチのない話と同等におもしろくない、と分かった。

 

 

 

 

あ゛あ゛、もどかしい

 

卓球は見ていて本当にもどかしい。

強く打つとアウトになるし、弱く打ってもネットを超えない。

テーブルは大きくないし、ボールが軽いために力加減が重要だ。

だから思いっきり狙いすぎるとポイントがとれない。

これは冷静さの勝負かもしれない。

どれだけ冷静に、落ち着いて、チャンスをものにするか。

この繊細なスポーツだけに試合には自分の性格が現れてしまうのではないだろうか。

狙っていても入らなかった時、ミスをしてしまった時に感情を荒げてしまうのは以降の試合に大きく左右する。

また、周りの人や声援に耳を傾けることも影響をうける可能性がある。

だからいい意味で自分の世界に入れる選手は強い。

適度な興奮で集中しているからだ。

 

 

 

自分を表現する

 

熱を帯びている試合をしている選手はポイントをとったあと声を出す。

それは男女問わず、点をとったことを思うままに叫ぶ。

初めは「なぜそんなに叫ぶんだ」と首を傾げたが試合を見続けているとそうしたくなる気持ちがわかってきた。

 

喜びを現すことはいいことだ。

私はぜひおすすめしたい。

もう、思うままに喜び、声をだし、自分を現せばいい。

周りはお構いなしに、自らを表現する。

それは卓球に限らず、スポーツすべてに、芸術すべてに通じ、生き方でもある。

誰からも縛られない自分でいることは自らの存在を主張すること。

自らを表現することは素晴らしいことだと思うし、自らの芯を持っていることでもある。

 

だから周囲の目など気にせず、

自分の気持ちを行動に現してみる。

そういうのに人は心を打たれるのだと思う。

 

 

 

 試合がすべてではないということ

 

 

ある男子選手の試合を見ていた。

その選手も熱を帯びた試合をしていた。

その試合は接戦で1ポイントとればすぐに返されるというシーソーゲームだった。

それを彼はもぎ取り勝利した。

「粘り強い」と感じた試合後、選手同士は握手を交わし挨拶した。

試合が終わった後はそれが通例であとは次の試合の準備に向かう。

それが彼は対戦相手だけでなく、得点係りをしていた選手とも握手を交わし、お礼の言葉を伝えた。

 

私が見ていた限り、この大会に出場している選手の中で対戦相手と審判の二人に握手をしていた選手は彼だけだった。

 

試合の内容、勝敗だけが選手の評価ではない。

試合以外のところで気がまわる選手、動ける選手は

競技で活躍できなくても必ず必要とされる人になる。

それが人間性。

 

彼はその後の試合で敗退した。

1セットとりながらも追いつけなかった。

 

 

 

彼は今日の大会をどのように振り返っただろうか。

ぜひ振り返ってほしい。

振り返りを行わないということは自分の改善点、良い点を考えないことだ。

それなのに

「この敗戦を次に活かしたい」

とは言えない。

振り返りができる選手はどんどん成長できる。

 

 

まとめ

 

熱を帯びない試合はオチのない話と等しくおもしろくない。

 

 

 

 

 

 

普段触れないものに触れるのは新しい発見があるから楽しい。

 今度はラグビーを生で観たい。

 

 

 

 

 

 

スポーツメンタルコーチ 泉圭織